壁は寂しくならない。

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壁に跳ね返されても、人間は寂しくならないことがある。

人間にとって、いちばん寂しいのは、自分の意見に反対されることではありません。自分を無視されたり、軽く見られることなのです。仮に、存在さえも否定されるような事があれば、もうこれほど寂しいことはありません。

壁に跳ね返されることによって、乗り越えられないつらさや悔しさがあっても、思い通りにならない苛立ちが生まれても・・
 人は、気持ちが落ち着き、自分自身が力をつけなくては未来は開けないのだ、自覚します。

しかし、自分に関心がない、自分は見てもらえていない、自分の存在を無視されることは、何よりも寂しさを痛感します。

これは、最近読んだ著書から引用したものです。
僕の仕事は『人のために汗をかく』事で成り立つ仕事です。

その中では、なによりも大切な事が『あなたに良くなってもらいたい』という想いを忘れずに日々を過ごすこと。当然なことだし、なくなることはないけれど、確認はやめちゃいけない。

最近のニュースでは、子が親を殺害したり、夫が新婚の妻を殺害したり。

心の葛藤や寂しさを生み出していることの一つに、『自由⇒無関心』に摩り替わっている事が多くあるんじゃないでしょうか?なにも特別な意識をする必要はないのに。

クラスメイトなら今朝の顔色を気にしてあげたり、家族なら朝のおはよう で笑顔をのぞいてみたりすることでもいいかもしれない。

人間は、当たり前⇒いつの間にか忘れてる 事だらけです。だから確認しないとできなくなっちゃう。 『関心をもつ⇒感心する⇒自分の得となる』事にチャレンジしていきたいですね。

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